インタビュー特集

手話映画を撮り続ける映画監督・谷 進一さん 「全身を使う『手話の表現力』に圧倒されて気付いた、新しい世界。その広がりを、映像で伝えたい」(後編)

「手話」が作り出す世界に魅せられ、映画を撮り続けている人がいる。谷進一さん、50歳。2008年に初めて短編作品を発表して以来、多数の手話映画を制作してきた。2022年秋に公開した新作『ヒゲの校長』では、大正から昭和の初めを舞台に、大阪市立聾唖学校の校長だった髙橋潔の生涯を描く。唇の動きから声を読み取る「口話」による教育が急拡大する時代に抗い、手話を守り抜いた髙橋潔の生き様に迫る作品だ。(前編から続く

新作「ヒゲの校長」で主人公として描いた髙橋潔は、大阪市立聾唖学校の校長として、日本のろう教育に大きな影響を与えた人物だ。アメリカで考案された「口話法」(口元を読み取り発話者の言葉を理解する方法)を手話より優れたものとして位置付け、日本のろう教育から手話が廃絶されかかっていた昭和初期に、髙橋潔はただ一人で異を唱え続けた。

映画『ヒゲの校長』より。尾中友哉さん演じる髙橋潔(右)と、日永貴子さんが演じる妻の醜子(左)

「手話を禁止し口話だけの教育では、ろう者それぞれの個性に応じた適切な教育は不可能だ」と、口話と手話のどちらも活用する「適性教育」の実践を説いた髙橋潔。当時の文部大臣や、尾張徳川家の第19代当主で貴族院議員の徳川義親が会長を務めた「聾教育振興会」をはじめとする口話推進の勢力が、大阪市立聾唖学校を例えて「大阪城はまだ落ちないのか」と揶揄するほど、粘り強く手話の重要性を訴えたという。

「少数者のことは考えず、多数者に合わせるという空気の中で『話せない人は、話せる人に合わせるべきだ。そのために口話を身につけなさい』という流れがあったのかもしれません。少数者のために、口話と手話のせめぎ合いの中で権力と闘った髙橋潔の姿を、なんとしても描きたいと思いました」。

クラウドファンディングで製作資金を募り、2021年9月から撮影をスタートした。「権力に負けず手話を守った実話を映画化。多様な文化が共存する社会に」という目的に共感した人たちの輪が広がり、多くの支援が集まった。

大阪市立聾唖学校の教員・福島彦次郎役の前田浩さん。拍手に包まれ花束を受け取る、クランクアップのシーン

主演の髙橋潔役は、ろう者の両親を持ち、耳の聞こえる子どもとして手話を母語に育ってきた尾中友哉さん (株式会社Silent Voice、NPO法人Silent Voice 代表)が演じる。ろうや難聴の当事者も役者として参加し、京都にゆかりのある俳優・栗塚旭さんや、「よしもと手話ブ!」に所属するお笑いコンビ「次長課長」の河本準一さんもゲスト出演している。

「撮影現場では、ろうの人、難聴の人、聴こえる人が一緒になって、場面を作り上げていきます。手話や身振りでコミュニケーションを重ねる中でお互いの距離がだんだんと縮まっていく。その雰囲気が、映像にも滲み出ていると思います。『空間の芸術』である手話の魅力を、多くの方に感じていただければ嬉しいですね」。

手話という「少数者の言葉」を守った髙橋潔。谷監督が銀幕に映す信念と深い愛情は、今の時代にこそ、見る人の心に響くに違いない。


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