インタビュー特集

「THEATRE E9 KYOTO」舞台芸術の灯火を次世代へ。文化芸術都市・京都、演劇のこれまでとこれから。【その4】

小劇場の閉鎖が相次ぎ、京都の舞台芸術が危機に瀕する中で始まった「THEATRE E9 KYOTO」の建設プロジェクト。市民や全国の演劇ファン、舞台関係者、スポンサー企業など多くの支援を得て、実現にこぎつける。「劇場」という場所に人々が集い、交わることで、新たな舞台芸術の広がりは生まれていく。「演劇は、一人ではだきないもの」。今、次世代の演劇人たちに伝えたい。演劇芸術監督のあごうさとしさん、テクニカルスタッフの北方こだちさんからのメッセージ。
(前回の記事「THEATRE E9 KYOTO」舞台芸術の灯火を次世代へ 文化芸術都市・京都、演劇のこれまでとこれから【その3】」

−−最初の拠点として開設された稽古場「studio seedbox」に続いて、2019年に劇場「THEATRE E9 KYOTO」がオープンします。「100年続く劇場を」という理念を掲げて、新しい舞台芸術の場が幕を開けました。北方さんは「アトリエ劇研」のスタッフルームを経て、E9でプロの舞台監督としての道を踏み出されます。

北方:大学生の時、とりあえず就職活動はしたんです。でも、就活生はみんな同じ格好して、同じようなことしか言わない。「日本の『就活』はしんどい」と感じて、「これが本当に自分のやりたいことなんだろうか」という疑問が次第に大きくなりました。
私が舞台監督を志すようになったのは、学生時代に「この人が作品を作るときに、力になりたい」という人に、演劇を通して出会ったことがきっかけでした。そこから、舞台監督という仕事に興味が出てきました。
そういう思いを抱えながら、とりあえず『就活』もしてみる中で「別に焦らなくてもいいんじゃない」と思ったんですね。
企業に就職することだけが正しいわけではないし、私は億万長者になりたいわけじゃない。最低限の家賃と食べられるだけの収入があれば、アルバイトしながら演劇の現場に行く生活でも何一つ問題はないな、と思ったんです。
ただ、アルバイトばっかりしていると稽古場に行く時間がなくなってしまう。そこで、「今から3年は頑張ろう」と決めて、一旦区切りをつけることにしたんです。今から3年はアルバイトをしながら舞台監督をやるしかないけれど、3年経って舞台監督として生活できるまでのレベルに達しなかったら、別の方法を考えようと。
振り返ると『就活』を辞めることに不安はなかったと言うか、不安と思う前に足を動かしていたというか。不安だったとは思うんですけれど、だからこそ足を動かしたということかもしれませんね。

−−真剣に演劇に取り組んでいる学生さんほど「大学を卒業したら、このまま就職するのかな」と感じ、人生の岐路に立っている人も多いと思います。新卒での就職を捨てて演劇の道に進むことに、どうしても不安を感じてしまうのではないかと思います。

北方:私はたまたま「アトリエ劇研」を見つけて、そこに入ることができました。それは「『アトリエ劇研』がなかったら今の私はいなかった」ということと同時に、「『アトリエ劇研』にいた人たちが私を受け入れてくれなかったら、今の私はいない」ということでもあるんです。小劇場という場があったから、その場所で色々な人たちと関わりながら経験を積むことができました。
なので、さっきも言ったのですが、とにかく足を動かして誰かに会いに行く、誰に会えばいいかわからなくても、近そうな人や施設、団体に連絡してみるといいのではないかなと思います。そして、漠然とした不安を伝えるでも全然オッケーです。今、いくらでもこれから始めたい人に出会いたいと思っている舞台芸術関係者はいっぱいいます。
演劇の世界は、自分ひとりで道を築くにはかなりハードです。就職して会社に勤めながら演劇活動を続けている人もいるし、演劇だけでご飯を食べている人もいるし、どっちもあっていいと思います。
ただ、「大学を卒業して企業に就職する」という選択肢だけしか見えていないのと、「フリーランスとして演劇をやっていく道もある」ということを知っている中で就職を選ぶのは、進む道を決める上で、全然違うんじゃないかなと思います。
私は京都舞台芸術協会の理事をしているのですが、そこでは学生インターンの受け入れを行っているんですね。半分くらいの学生は「自分は演劇がしたいけれど、親が就職を望んでいる」という葛藤を抱えて、悩んでいます。「企業に就職する以外の働き方を知らないのはもったいないな」と感じる半面、「コロナ禍や物価高もあって生活への不安も私が学生だった頃と全然違うからな」とも思います。そこは、一緒に考えてあげられるといいなと思うところですね。

−−京都は多くの大学があり、学生演劇の活動も盛んです。さらに「THEATRE E9 KYOTO」をはじめ、近年は舞台芸術の分野で大きな広がりが生まれていますね。

あごう:小劇場の閉鎖はありましたが、ここ20年くらいで京都の舞台芸術の環境は、基本的には良くなっています。元明倫小学校を活用した「京都芸術センター」や「ロームシアター京都」などの施設の開業、「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭」のような大規模なイベントの開催、若者向けのアート系の補助金も新設されています。私たちが駆け出しの頃より、圧倒的に環境は良くなっていると思います。
ただ、環境が整備されてきた一方で、実力の世界であること、厳しい世界であることは変わりません。
自分が生み出した作品や舞台が賞賛を受けることもある一方で、酷評されることもある。でも、その両方があるから、自分という存在そのものを発揮していくことになると思うんです。これは、アートの世界だけの話ではなく、仕事というのは本来そういうものかもしれませんね。

−−プロとして舞台芸術の道に進むための環境が充実していることは、厳しい世界と知ってチャレンジを決意する若者にとって、心強いサポートだと思います。演劇を志す学生さんたちへ、お二人からのアドバイスはありますか?

あごう:今の学生さんや若い人たちの舞台を見ていて「ちょっと古いな」と思うことがあるんです。自分のことを振り返ると、身近にある演劇以外の演劇、他の芸術表現、あるいは、社会に関心を向けて、しっかりと見る機会が少なかったな、と。
京都は演劇だけではなく、他の分野のアートや音楽に携わっている人がたくさんいます。京都はコンパクトシティだから、ちょっと手を伸ばせばすぐにつながることができます。そうすると、そこからまた別の世界に広がっていくということもある。だから、なるべく色々な分野の広い世代の表現を見た方がいいと思います。きっと、世界の持ち方が変わるはずです。
そういう経験を通して、自分の立ち位置が見極めやすくなると思います。流行に乗るか反るかということも含めて、意識して表現できる方がいい。目の前の時間軸ではなく、100年を見据えて表現を考えてもいい。その中で、自分は何を表現するのかを考える力が、アーティストとしての強さにつながっていくと思います。

北方:学生同士で同じような経験値の人が集まって舞台を作るのもいいですが、色々なことを経験するために、自分より上の世代の、さまざまなキャリアや経験値を持っている人のところに行くことを選択肢に入れてもいいかなと思います。
あとは、周囲と自分を比べて考えるのではなく、「自分が何をしたいのか」を、きちんと分かっていた方がいい。私自身は、「この人と、この作品をやりたい」という気持ちで舞台監督の仕事をしています。逆に言うと、それがないとやれないということでもあります。
「自分が何をしたいのか」は、何が正解とか不正解とかいうことではなく、やりながら見つけていくものだと思います。さまざまな経験を積む中で、自分の中の価値観も変わっていきます。「自分がどう思っているか」ということが一番大事なので、一緒にやる中で、それを探してほしいと思います。
京都にはE9という「場所」があって、音響や照明などさまざまな舞台技術の人たち、舞台監督など、ここには様々な経歴を持ったスタッフがいます。そういう人と出会う中で「この人のやり方が好きだな」とか「この人の現場に行ってみたいな」と感じ、いろんな人と一緒に現場で作業し、色々な影響を受ける中で、初めて経験というものが積めると思います。そういった出会いを重ねる中で、不安はだんだんと解消されるんじゃないかなと思います。今後E9が、そういったスタッフたちと、これからスタッフの道を選びたいと思っている人との出会える場所になれるよう、方法を考えていきたいと思います。(終わり)

あごうさとし
劇作家・演出家・THEATRE E9 KYOTO 芸術監督(一社)アーツシード京都代表理事。
「演劇の複製性」「純粋言語」を主題に、有人・無人の演劇作品を制作する。
2014〜2015年、文化庁新進芸術家海外研修制度研修員として、3カ月間、パリのジュヌヴィリエ国立演劇センターにおいて、演出・芸術監督研修を受ける。2014年9月〜2017年8月アトリエ劇研ディレクター。2017年1月、(一社)アーツシード京都を大蔵狂言方茂山あきら、美術作家やなぎみわらと立ち上げ、2019年6月にTHEATRE E9 KYOTOを設立・運営する。
同志社女子大学嘱託講師、京都市立芸術大学芸術資源研究センター客員研究員、大阪電気通信大学非常勤講師。
平成29年度京都市芸術新人賞受賞、第7回京信・地域の企業家アワード優秀賞(2020年)、令和2年度京都府文化賞奨励賞、これからの1000年を紡ぐ企業認定(2021年)、令和3年度文化庁芸術祭賞大賞(「ロミオがジュリエット」を演出)など芸術・経済の両分野での受賞多数。

北方こだち
舞台監督。1989年兵庫県生まれ。大学在学中は立命芸術劇場に所属。
2014年よりGEKKEN staffroomに参加。アトリエ劇研閉館後はTHEATRE E9 KYOTOの立ち上げに関わり、2019年よりE9 staffroomメンバー。
舞台監督として、したため、ルドルフ、ソノノチ、居留守、ブルーエゴナク、第七劇場など、演出助手として庭劇団ペニノの創作に関わる。
2020年度より京都舞台芸術協会理事。創作環境と労働の関係について考え直す企画を提案・実施。
ワークショップデザイナー育成プログラム阪大10期修了。

■THEATRE E9 KYOTO 公式HP⇨https://askyoto.or.jp/e9


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