インタビュー特集

劇作家わかぎゑふ、演劇人生を語るvol.6 ジャンルの壁に風穴を穿ち、新たな可能性を探る 古典芸能と演劇のセッション「わ芝居」

劇作家、演出家として数多くの作品を手がけ、故・中島らもさん、松尾貴史さんらと設立した劇団の流れを汲む「リリパットアーミーⅡ」の座長を務めるわかぎゑふさん。生まれ育った大阪を拠点に演劇界で幅広く活躍し、歌舞伎や狂言など日本の伝統芸能とも積極的に関わってきた。「芸術や文化で人を楽しませること。今を生きる人間にとって、それは時に、その日の食べ物よりも必要な瞬間がある。そのことを知ったから、芝居を辞めずに続けてきた。私の根源です」。わかぎゑふさんの演劇にかける情熱に迫る、単独特別インタビューを連載で紹介する。(7回連載の6回目)
【前回の記事→劇作家わかぎゑふ、演劇人生を語る vol.5 「ラックシステム」旗揚げ 新境地を開いた大阪弁の芝居から、歌舞伎、狂言の世界へ】

──小劇場を中心とした活動から、商業演劇、さらには歌舞伎や狂言といった伝統芸能に挑戦されたわかぎさん。ご自身の演劇ユニット『ラックシステム』が手がけていた大阪弁のお芝居の面白さから、わかぎさんの才能に注目が集まるようになったでしょうか?

日本の演劇界は縦割り過ぎるんですよ。歌舞伎は歌舞伎、狂言は狂言、お能はお能、とすっぱり分かれてしまっている。元をたどれば「風姿花伝」を著した世阿弥の影響なんだと思います。現代でも、小劇場は小劇場、新劇は新劇という感じですね。そこに横軸を通すというか、ジャンルの壁に楔を打ち込もうという人が実に少ないと感じます。
十八代目中村勘三郎さんや十代目坂東三津五郎さんといった方々は、縦割りにとらわれず、横に橋を架けないと歌舞伎が廃れる一方だという危機感を持っていたんだと思います。お二人とも早くに世を去ってしまったけれど、自分たちの足で歩いて新しい才能を発掘し、歌舞伎の舞台に押し上げるということを繰り返していましたね。

三津五郎さんの襲名披露パーティにて

私が出演していた小劇場にも、何度も足を運んで頂いていました。特に私は、昔から十代目坂東三津五郎(当時八十助)の踊りが好きで、歌舞伎ファンでもありました。『関西で歌舞伎を育てる会』という団体のメンバーになっている友人もいて、彼女は長年、十八代目中村勘三郎(当時勘九郎)のファンで、「八十助さんが喋りかけてくれるんやけど、私は勘九郎ファン。八十助さんのことはよう分からんから困ってるねん。あんた、八十助さんのこと好きやろ。一緒に行こう」と連れて行かれたことがありました。それ以来、お知り合いになって、後々、歌舞伎のお仕事を手伝わせてもらうことになりました。
色々な分野の方々から声がかかる理由は、自分では全然分かりません。「こいつやったらなんとかしてくれるやろ」と思って頂いているのかもしれませんね。松竹新喜劇をやって、歌舞伎をやって、狂言もやって。周囲の方からは「それやったら、これもできるやろ」と見えるのかもしれません。

──未経験の世界でも尻込みすることなく飛び込んでいく姿勢が、常に新しい可能性を切り開いてきたんですね。

でも最初に歌舞伎に関わった時は、「じゃあ、私が書きます」と言っても、周囲は「お前、誰やねん」という雰囲気でしたからね。向こうから来られて、いきなり連れて行かれて、「さあ、ここでやってみろ」という感じです。実際に面白いものを作れるということが分かり出してからは、小劇場の演出家が歌舞伎にどんどんさらわれていっているんですけど(笑)。
それで私は、その反対をやってやろうと思って「わ芝居」というのを始めたんです。古典芸能と演劇のセッションの場として、和の交流という意味で「わ芝居」と名付けて、2017年に初めて開催しました。上方落語の桂吉弥さんと笑福亭銀瓶さんを迎えて、同じストーリーでそれぞれ別々に2本の落語を書きました。現代演劇の役者と落語家で同じ演目をやったら、どんな表現が生まれるのか、その可能性を探ろうという取り組みでした。

昨年、2回目となる「わ芝居」の公演を行いました。狂言師の茂山逸平さんに「前は落語とコラボしていたから、今度は狂言やな」と親しんでもらい、大阪の商家の跡取り娘をめぐる「サヨウナラバ」という作品を書いたんです。狂言と現代演劇で演じました。
これは自分自身の経験から思うことですが、私たちのように小劇場で活動している人間が、歌舞伎や狂言という古典芸能の世界に連れて行かれて、その山のてっぺんで「ええ成績を残せよ」と言われて、それでもしあかんかったら、二度と呼んでもらえないわけです。だから「わ芝居」では、その逆をやってみようと思いました。古典芸能の人たちを小劇場に連れて来て、「目の前に客が居る小劇場という空間で、本気で芝居をやってみろ」ということです。

狂言師とコラボした「サヨウナラバ」の集合写真

──なるほど。「わ芝居」は、小劇場から歌舞伎まで幅広く活躍されているわかぎさんだからこその表現なのですね。

やっぱり、古典芸能の方たちはすごいです。新型コロナ禍で公演がストップしていた頃、四代目中村鴈治郎さんから食事に誘っていただき「なんか舞台やりたいなあ」とご相談を受けたんですよ。「なんかしたいのは私も同じやけれど、朗読ぐらいしかできひんのちゃう?」と言ったら、鴈治郎さんが「朗読なら、やったことがある」と言われたんです。それで、朗読をベースにもうひと工夫考えて、茂山逸平さんも誘って新作狂言をやることになりました。

狂言師とコラボした「サヨウナラバ」の集合写真

歌舞伎と狂言で共通している演目といえば『茶壺』か『棒縛』なのですが、鴈治郎さんが「『棒縛』がええやん。舞台の上で2人とも縛られてたら、ソーシャルディスタンスにもなるやんか」と(笑)。それで、鴈治郎さんと私のユニット「亥々会(いいかい)」の舞台として、タイトルは『棒しばり×棒しばり』に決めて脚本を書きました。一回だけ稽古をやって、緊急事態宣言が全面解除されてまもない2020年6月1日に、大阪の山本能楽堂で公演を行いました。鴈治郎さんと逸平さんの他にも、文楽の豊竹呂太夫さん、狂言の茂山七五三さん、落語家の桂吉弥さんといった親交のある人たちを誘ったのですが、急な話なのにみんな出演してくれました。
古典の人は、舞台に立ったら、きちんとネタができるんですよ。それは、本当にすごいことです。芸がある、ということですね。鴈治郎さんと逸平さんも、私が書いた『棒しばり×棒しばり』を、歌舞伎と狂言の言葉にして演じてくれた。それぞれに古典芸能の素養があり、それを100%分かっているからこそできることです。改めて、古典芸能はすごいなと思いました。(続く)


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